従妹の結婚式の招待状が来た。「ぜひ来てね」と手書きのコメントが添えてあった。年下のあいつが俺を招待するってことは、「大人として」扱ってくれてるんだろう。だが俺は行きたくなかった。その理由は、単なる「気が進まない」じゃなく、もっと深い生存本能の反発だったんだ。

招待状が来た時点で心が萎えた

2025年の初冬。従妹から結婚式の招待状が届いた。

親戚のLINEで話題になってた。従妹の結婚。親戚の間では大事なイベント。父親は「絶対に行け」と言った。母親も「来年の初夏だから今から予定に入れておきなさい」と。

俺は返事をしなかった。

親戚のグループLINEで、従妹の親が「みんな来てね」と呼びかけた。叔父が「子どもたちも楽しみにしてます」と。

その時、俺の脳に何かが走った。

「あ、これ行ったら、終わる」

そう感じた。根拠はなかった。だが直感が「やめとけ」と言ってた。

ご祝儀3万円が重い

正直、言っておく。お金が痛い。

貯金47万の男にとって、ご祝儀3万円は人生の経費だ。

それに、会社の同僚の結婚式もあった。友人の結婚式もあった。毎年、誰かの結婚式に呼ばれる。

ご祝儀に飲み代に、衣装代。往年の出費で、貯金は削られていく。

「これ、人生で何回やるんだろう」

計算してみた。俺が生きてる間に、どれだけの結婚式に呼ばれるのか。

会社の同期:5人。すでに全員結婚式済み。だがこれからも出席者としての結婚式がある。

親戚:約15世帯。子どもがいる親戚も多い。甥っ子、姪っ子の結婚式もいつかは来る。

友人:大学時代の友人、中学時代の友人。細かく計算したら、俺が死ぬまでに30回以上、結婚式に呼ばれる可能性がある。

ご祝儀3万円×30回。90万円だ。

90万円。俺の年収358万から見たら、3か月分の給料だ。

「こんなに払わなきゃいけないのか」

その怒りは、従妹に向かったわけじゃない。

自分の貧しさに向かった。

独身テーブルの地獄

だが、ご祝儀よりも、もっと怖いことがあった。

それは「席」だ。

結婚式の会場には、独身者用のテーブルがある。それ知ってるか。

既婚者は「夫婦で出席」とか「家族で出席」として、ファミリー向けのテーブルに座る。子どもたちも一緒。和やかな雰囲気。

独身者は、独身者テーブル。

俺が参加するであろう従妹の結婚式では、その独身テーブルに誰がいるのか。

叔父の家族から:独身の娘(25歳)。

叔母の家族から:従兄弟の友人(30代男性、パートナーなし)。

親友グループから:独身男性(32歳)。

そしてもちろん、俺。37歳、彼女なし。

テーブルに座った時点で、全員が「未婚人生」をラベリングされる。

式の進行中、スクリーンに新郎新婦の生い立ちビデオが流れる。

「初デート」「プロポーズ」「新婚旅行の計画」

それを、独身テーブルの4人で、一緒に見るんだ。

誰も何も言わない。笑顔で見てる。だが全員が感じてる。

「あ、俺たち、これがない」

親戚の「まだ一人?」という死刑宣告

結婚式はね、親戚が集まるイベントなんだ。

披露宴の合間に、親戚がテーブルを回る。祝辞を言ったり、新郎新婦と写真を撮ったり。

その時に、必ず親戚のおばさんが来る。

「タカシ、まだ一人?」

それ。その一言で、俺の時間が止まる。

「はい、まだです」

笑いながら答える。その笑いは死体の笑みだ。

「そっか。でもいい子がいるよ。頑張ってね」

頑張る。頑張りますか。35年間頑張ってきたんだが、何をどう頑張ったら、いい子が現れるのか。誰も教えてくれないんだ。

別のおばさんも来た。

「タカシ、仕事は順調?」

「まあ、こんなもんです」

「給料、いい?」

これが一番きつい。給料がいいなら、結婚相手を探す余裕があるだろっていう暗黙のメッセージ。

「いえ、そこまで」

「そっか。大変だね。でも頑張ってね」

頑張る。いや、もう頑張らねえ。

ブーケトスの生地獄

そして最大の地獄が来る。

ブーケトスだ。

新婦が、背を向けて、ブーケを後ろに投げる。」そのブーケをキャッチした女性は「次に結婚する人」という俗説。

会場のMCが言う。

「独身女性の皆さん、どうぞ前に出てください!」

ステージの前に、独身女性が集まる。25歳の従妹、32歳の親友グループ。みんな楽しそうに笑いながら並ぶ。

ブーケが投げられる。歓声。タイミング。キャッチ。

「おめでとうございます!次はあなたです!」

会場が拍手。独身女性たちが笑う。

そして必ず、次のセリフが来る。

「では、独身男性の皆さん、どうぞ前に出てください!」

俺の時間が止まる。

会場の視線が、全員の独身男性に集まる。

俺は立ち上がる。選択肢がない。立ち上がらないと、余計に目立つ。

30代男性、32歳の友人、25歳の親友グループ、そして37歳の俺。

会場が笑う。舞台に上がる男たちを見て、笑う。

「頑張ってください!」MCが言う。

「がんばるわ」

そう呟いて、ブーケキャッチのポジションに立つ。

ブーケが飛ぶ。俺の手には来ない。別の男がキャッチ。

「おめでとうございます!次はあなたです!」

その男が照れながら、舞台で紹介される。名前と年齢。職業。

会場から拍手。祝福。

俺は、キャッチできなかった側で、ただ立ってた。

拍手がやむ。俺の出番は終わり。ステージを下りる。

席に戻りながら、誰かの視線を感じた。

「可哀想」

そうじゃなきゃいいが、俺だったら同じように思う。37歳、ブーケキャッチできなかった男。

帰りの電車で何も考えてなかった

結婚式は夜8時に終わった。

新郎新婦が退場。最後の拍手。親戚たちが立って祝福。

俺は座ったまま、拍手していた。手の力が抜けてた。

帰りの電車。新宿から埼玉への帰路。

俺は窓に映る自分の顔を見た。

スーツを着た、男の顔。でも何もかも失ってるように見えた。

向かいの座席には、カップルが乗ってた。手をつないでた。帰りの電車で、それでも手をつないでた。

別の車両が通り過ぎる。そこには、子どもを寝かしつけてる母親。親を肩車してる息子。親友同士で話してる男たち。

誰もが誰かと、何かと、つながってた。

俺だけが、何にもつながってなかった。

その認識が、電車の移動とともに、心の中で固まっていった。

「結婚式に行きたくない」の本当の理由

翌日。俺は親に言った。

「来年の結婚式、どうしても都合つかないかもしれない」

父は怒った。

「礼儀だ。親戚のイベントに出席するのは」

母も。

「従妹も楽しみにしてるんでしょ。大人なら出席しなさい」

だが俺は、その説教に心が応じなかった。

なぜなら、俺の「行きたくない」は、甘えじゃなく、生存本能だったから。

人間の脳には、「辱めを避ける」という根源的な欲求がある。社会的死を避ける。グループから排除されることを避ける。

結婚式は、その「社会的な価値判定」の舞台なんだ。

「結婚した人」と「していない人」を、徹底的に分ける儀式。

ブーケトスなんて、その最たるものだ。あれは、単なるゲームじゃなく、「次に結婚する人を予測する」という、社会的な予言の儀式だ。

俺のように「予測対象外」の男が見つめられる視線。それは、哀れみじゃなく、「除外」だった。

だから、俺の脳は「行くな」と警告を鳴らした。

その警告を無視して、無理矢理出席したら、どうなるか。

俺の心は、さらに壊れるだろう。

行きたくない気持ちのまま行く必要はない

だから、今年の初夏。従妹の結婚式の日程が迫ってくると、俺は何をしたか。

仕事の都合をつけた。ウソの都合だ。

「すみません、その日は対応しなければならない案件があって」

従妹には申し訳ないと思った。だが、自分の心を殺してまで出席するほうが、よっぽど失礼だ。

正直、認めたくなかったが。

俺は、結婚式という儀式から逃げたかった。

なぜなら、その儀式の中では、俺は「失敗者」だったから。

だから去年の秋。俺はXMを始めた。

自分のゲームを始めるためだ。

結婚式の場で「社会的な価値判定」に晒されるのは、自分の人生が「社会的な定義」に従ってるからだ。

「男は30までに結婚すべき」「人生のゴールは結婚」

そんな定義に従ってるから、辱めを感じるんだ。

でも、自分の定義で生きたら、どうなるか。

「俺の人生は、市場と向き合う人生だ」

その定義を持てば、結婚式なんて、他人のゲームに見える。参加する理由がない。

従妹はお祝いしたい。だが、その儀式に参加する必要はない。

そう思った時、電話で祝う選択肢も浮かんだ。手紙を送る選択肢も。

「親族の礼儀」に縛られた出席より、自分の形で祝う方が、よっぽど本当だ。

次の結婚式までに人生を変える必要はない

親は、相変わらず説教してくる。

「大人なら、親戚の行事には顔を出すものだ」

でも俺は、もう親の人生を生きるのは嫌だ。

親の世代は、「結婚すること」が人生の成功だった。だからこそ、子どもにも結婚を求める。

でも、それは親の世代の成功の定義であって、俺の成功の定義じゃない。

俺の成功は、市場を読むこと。トレードで勝つこと。小さなポジションから、大きな利を作ること。

そしてそれは、他人が評価するものじゃなく、市場が評価するものだ。

市場は、嘘をつかない。

儲かるか、儲からないか。勝つか、負けるか。それだけだ。

だから、市場の中では、「独身だから価値がない」という社会的な烙印も、「既婚だから価値がある」という社会的な肯定も、いずれも関係ない。

そこにあるのは、シンプルな価値判定だけだ。

結婚式に出席する義務感から、一生を縛られるのはご免だ。

だから、次の結婚式があっても、俺は行きたくなけりゃ行かない。

親戚になんと言われようが、社会的な目がどうであろうが。

自分の人生を、自分で定義する。その権利は、俺にあるんだ。

── 田島タカシ

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