部屋に帰ると、決まって襲ってくる。あの沈黙だ。玄関を開けた瞬間、部屋の空気が変わらないことに気づく。朝出かけた時のままだ。1Kの部屋で、俺は毎日その空気を吸っている。築28年、家賃5.2万円。会社から駅まで徒歩15分、駅から部屋まで15分。その距離の中で、俺の人生は何も変わらない。
帰宅後のルーティン、という名の苦役
仕事を終えて家に帰る。同じ電車に乗って、同じ駅で降りて、同じ道を歩く。部屋のドアを開ける。鍵を外す。靴を脱ぐ。カバンをテーブルに置く。ジャケットをハンガーにかける。ズボンを脱いでジャージに着替える。冷蔵庫を開ける。作り置きのおかずを見つめる。温める。食べる。それだけだ。何も起きない。何も変わらない。
20代の頃は、この一人暮らしが自由だと思い込んでいた。誰にも邪魔されず、好きな時に好きなことをやれる。そう思ってた。だから1Kを選んだ。家賃も安く済む。浮いた金で遊べる。そんな計算があった。実際に遊んだ時期もあるよ。20代後半まではな。だが37になった今、その「好きなこと」というのが、本当に消えてしまった。何をやりたい。そう問いかけても、返ってくる答えはない。部屋の沈黙だけだ。
壁一枚隔てた、別の世界
築28年の古いアパートだからだろう。壁が薄い。隣の家族の声がよく聞こえる。子どもが「お母さん、お母さん」と何度も呼ぶ声。親父さんが帰宅して「ただいま」と言う声。その家族の温かさが、壁一枚を通して俺の部屋に侵入してくる。何も言ってないのに、俺はそれを聞いて、何かが胸をえぐられる感覚を覚える。あっちは家族。こっちは俺一人。壁で分かれた両世界だが、距離はそれより遠い気がする。
風呂場も隣と繋がってるんじゃないかってくらい聞こえる。だから风呂場で何かをするのも気が進まない。この部屋には風呂とトイレが一緒だ。浴槽も小さく、足を伸ばせない。毎日そこに入って、同じお湯に浸かる。出て、着替えて、部屋に戻る。10年以上、このルーティンだ。変わらない。何も改善されない。
深夜のスマホが、唯一の相手だった
夜11時。テレビはつけない。つけても、見るものがない。スマホを手にして、YouTubeを開く。見る動画は決まってた。大食い系、ゲーム実況、自動車レビュー。コメント欄で他のやつらが盛り上がってるのを眺める。俺は見てるだけ。コメントなんか書かない。何を言っていいか分からないし、書いても誰に見られるわけでもないと思う。それでも見続ける。朝まで見続ける時もある。
SNSはやらない。Instagramとか見てると、みんなの幸せそうな顔が流れてくる。誰かと一緒にいる写真。異なる人間関係。恋人。友人。そういうのを見ると、変な感じになる。だからやめた。5年前にやめた。今はYouTubeだけだ。YouTubeなら、一方的に情報をもらえる。双方向じゃない。関わりがない。気が楽だ。
だけどな。夜中に何時間もスマホを見てると、疲れる。目も疲れるが、心が疲れる。もう11年も一人で暮らしていながら、相談できる友人は数える。実家の親とも連絡は年に数回。兄貴とも会わない。このアパートの外に出ても、誰かを選んで会う相手がいない。だから部屋に帰る。帰って、またスマホを見る。その無限ループだ。
部屋の中で、時間だけが進む
部屋は狭い。6畳弱の部屋、1Kなんて、実際にはほぼ鶏小屋だ。ベッド、テーブル、椅子。これだけで空間は埋まる。押し入れには着替えと季節物。シャワーブースほどの風呂トイレ。それ以上、何もない。何も足せない。足せば、もっと狭くなるだけだ。だから何も足さない。何も変わらない。
朝起きる時間も同じ。仕事の日は6時半。休日も勝手に目が覚める。その体内時計のおかげで、何年も同じリズムで生きている。会社では37歳の自分は、後進を指導する立場だ。若い奴らに「人生はこうやって歩むんだ」みたいなことを言える。だが自分の人生は、1Kの部屋で完結している。仕事をして、帰ってきて、食べて、寝る。その繰り返しだ。人生が何かを達成するためにあるのなら、俺のそれは何を達成してるのか。何も達成してない。それでも時間は進む。
隣の家族が引越した、あの朝
2年前、隣の家族が引越した。朝8時、引越し業者のトラックが来ていた。子どもの泣き声。親父さんの指示。母親の声。それが、ぴたりと消えた。次の日、違う音が聞こえた。男が一人、ビジネスホテルの出張者みたいな生活音。テレビのニュース音。軽い動き。それだけだ。壁越しに聞こえる空気が、一気に冷たくなった。
その時、変な感覚が走った。俺はこの男と同じなんだ。壁の向こうも、こっちも。同じ空気の中で、同じように一人で暮らしているんだ。それに気づいてから、夜がもっと長くなった。スマホを見る時間が増えた。朝までYouTubeを見ることもあった。
チャートを見始めて、夜が変わった
3カ月前、俺はYouTubeで為替チャートの動画を見始めた。FXだ。最初は、「俺みたいな奴が金を増やせるはずがない」と思ってた。だがな。動画を見てると、何か違う気がしてきた。チャートというのは、世界中の人間が動かすものだ。俺も参加できる。何もしなければ、何も変わらないが、やってみれば何か変わるかもしれない。
部屋の中で、スマホを見てるだけなら、何も変わらない。だがチャートを見てると、視点が変わる。ここで読み間違えば、金が減る。正しく読めば、金が増える。その瞬間、瞬間に判断が必要だ。生きるための決断じゃない。けど、何か心が動く。以前の、YouTubeで有名人の生活を眺めるだけの時間と違う。俺も参加してる。俺の判断が、結果につながる。
XMで口座を開いた時、初めて思った。この部屋で、俺は何かを変えるきっかけを掴んだ。小銭しかない。給与も少ない。でも、その給与を何にするか、どうやって増やすか。その選択肢が、俺の中に生まれた。1Kの部屋は、変わらない。だが、その中で過ごす夜が、少し変わった。深夜のチャート分析。データを見る。記録をつける。その時間は、YouTubeを見てただけの時間と違う。目的がある。小さな目的だが、俺にはそれで十分だ。
誰にも言えない、この選択
会社の同僚には言わない。友人にも言わない。実家の親にも言わない。FXをやってるなんて、誰かに言えば、批判されるだけだろう。「危ないぞ」「やめとけ」「金を失うぞ」。そんなことばかり聞かされるに決まってる。だから言わない。1Kの部屋の中で、一人でやる。一人で決めて、一人で責任を取る。それは誰にも言えないが、それでいい。
実際のところ、金が増えるかどうかなんて、分からない。ゼロカット制度があるから、預けた金以上には失わない。それくらいの知識で、俺は始めた。増えるか減るかより、この部屋の中で何かをやってる、その感覚が必要だった。11年間、帰宅後の時間をどうしていいか分からない男が、やっと何かをやり始めた。それだけだ。
1Kの寂しさは、消えない。壁が厚くなるわけじゃない。隣の家族が戻ってくるわけでもない。だが、その中で夜の過ごし方が変わった。それは小さなことだが、37歳の独身男にとっては、大きな変化だ。この部屋で、俺は何か握った。何かが握れたような、そんな気がする。
隣の部屋から聞こえる「おかえり」が、一番きつい
壁が薄いというのは、本当に厄介だ。隣の家族の何気ない会話が、全部俺の部屋に流れ込んでくる。朝、父親が「行ってきます」と言う声。子どもたちが「いってらっしゃい」と返す声。その温かさが、壁一枚を通して、俺の部屋に侵入する。何もしていない俺は、その声を聞くたびに、何か胸をえぐられる思いだ。
一番きつい瞬間は、晩御飯の時間だ。夕方17時から18時。隣の部屋から母親の声が聞こえる。「ご飯できたよ」。その言葉。その声のトーン。子どもに対する親の温かさが、その一言に込められている。俺の部屋では、何も聞こえない。俺の食卓には、誰も待っていない。冷凍パスタを温めて、一人で食べるだけだ。
子どもの声も聞こえる。「ママ、これ美味しい」とか「今日、学校であった事」とか。そういう何気ない会話。家族がいる人には、おそらく当たり前の光景だろう。だが、37年間、俺はそれを経験したことがない。その家族との時間の温かさを、壁越しに毎日感じながら、俺は一人で冷凍パスタを食べている。
夜間も同じだ。子どもたちが「おやすみなさい」と言う時間。親が「おやすみ」と返す声。その儀式。その愛情表現。それが毎日、壁を通して聞こえてくる。俺の部屋に「おやすみ」と言ってくれる人は、いない。
帰宅して、玄関を開けた瞬間に聞こえる「おかえり」。その一言を、俺は誰からも言われた事がない。親からも、友人からも、彼女からも。その言葉を聞くために、何をすればいいのか。家に帰ってくる人がいるために、自分の家を必要とする人がいるために。それがあれば、この1Kの部屋も、違う場所に感じるかもしれない。だが、今の俺には、それがない。そして、その「おかえり」という言葉が、一番きつい。
── 田島タカシ
▶ 俺がXMを選んだ全理由を、1ページにまとめた。
▶ FXに興味が出てきたなら
「やってみたいけど何も分からない」── そんなお前のために、俺が全部調べて書いた。